2022.01.21
学びインタビュー 北川サイラ

海外へ教育移住するメリット、デメリットは? 豪・パースで息子を育てる小島慶子さん

子どもをバイリンガルに育てたい親にとって憧れの「海外移住」。元TBSアナウンサーでエッセイストとして活躍する小島慶子さんは、2014年に一家4人でオーストラリア・パースに教育移住しました。18歳と16歳の息子の母親で、一家の大黒柱として日本とオーストラリアの往復生活を送っています。海外で子育てするメリットとは何でしょうか。海外生活中の子どもの日本語教育についてはどのように取り組まれたのでしょうか。2回に分けてお届けします。

前編:海外へ教育移住するメリット、デメリットは? 豪・パースで息子を育てる小島慶子さん

後編:子どもの英語力を伸ばすには? 豪・パースへ教育移住した小島慶子さん

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自然があって、英語が身につく場所へと移住を決意

小島慶子さん提供小島慶子さん提供

――オーストラリア移住を決めた理由について教えてください。

きっかけはテレビ業界で働いていた夫の退職です。仕事を辞めたことにより、世帯収入は激変し、私が大黒柱になることに。ただ夫が家にいる分、時間と移動の自由を手にいれることができました。それを生かしてポジティブなアクションを起こせないかなと思い、パースでの子育てを考えるようになりました。

息子たちにとってこれから必要な教育を考えると、英語は絶対に必要になる。私は3歳までパースで生まれ育ったのですが、「自然があって、英語がしゃべれる場所といえば、パースもそうなんだよね」と夫にポロっと話したんです。そしたら夫がネットで調べてくれて、教育移住している人がいるとわかって、できないことではないと。

小学生だった息子たちは、当初「お友達と別れたくない!」といっていましたが、下見でパースへ連れて行ったら、広い芝生の校庭を見て気に入っちゃって。「英語をしゃべれるようになりたい!」というので、私も「でしょ~」とかいって(笑)。それで移住を決めました。

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英語が母語ではない人と一緒に学んで自信がついた

――息子さんたちは現地でどのように英語を身につけたのでしょうか。

長男が6年生、次男が3年生のときに、非英語圏の子どもに英語を教える専用コース「IEC(インテンシブ・イングリッシュ・センター)」が併設された公立小学校に入学しました。

息子たちはそれまで日本で週1回、ゆるく英語教室に通っていました。引っ越し直前に、英語の集中レッスンを受け、「May I go to the bathroom?(トイレに行ってもいいですか)」を猛練習して、お念仏のようにブツブツいいながら初日のクラスに行きました(笑)。

そしたら、学校から帰ってきた息子たちは「ママ、僕たち英語ができることがわかった!自分の名前を英語で書けない子、ハローもわからない子もいて、僕たちはそれが全部できる!」と幸福な誤解をしたんです。

――初めに英語が不自由な子たちと一緒に学んだからこそ、自信を持てたのですね。

そうなんです!IECには当時35カ国から集まった子たちがいました。オーストラリアに来た理由も、宗教、言語、見た目もいろいろ。息子たちは、自分たちと同じように英語が母語ではない人がたくさんいて、その中でも様々な違いがあることを体験することができました。

そして一番大事なのは、英語が母語ではない人が「ちゃんと歓迎されている」と感じられたこと。学校側も「何かあったら相談してね」と何度も声をかけてくれて、安心できました。IECで1年ほど学んだ後、長男は地元の公立中学校、次男は別の公立小学校に通いました。 

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マイノリティーとして心細い経験をすることはメリット

小島慶子さん提供小島慶子さん提供

――海外移住の最大のメリットは何ですか。

自身が多数派に属していた母国を離れて、異国の社会のマイノリティー(少数派)として心細い経験をすることは、大変な苦労がありますが、視野を広げるという点ではメリットといえるかもしれません広い世界で生きていくには言語力はもちろんですが、他者への想像力が大事ですよね。

私自身は、父の仕事の関係でシンガポールと香港の日本人学校に3年ほど過ごした経験があります。シンガポールと香港は、中国系、インド系、マレー系、イギリス系など、様々なコミュニティーが一緒に暮らしています。日本人もその多文化の中の一つでしかないと子どもながらに肌身に感じていました。

日本にいると、どうしても世間=世界になっちゃう。でも本当はいくつもの異なる「世間」の集まりが世界をつくっている。それを経験できたことは、良かったです。

 移住前、夫も私もマスコミで働いていたので、ダブルインカムで生活も今と比べると余裕がありました。東京で暮らしていた息子たちは、日本社会の上澄みしか知らない状態でした。これは息子たちにとっても良くない。だからこそ、多文化社会でマイノリティーとして生きていくことを選ぼうという思いがありました。

――マイノリティーとして暮らすうえで、息子さんたちに伝えていることは何ですか。

長男が通った中学校には、アジア系移民を差別する子がいて、アジア圏の国々の言葉の響きをバカにしたり、差別的な表現で呼んだりする嫌がらせを受けたことが何度かありました。長男からそれを聞いて、絶対にあってはならないことだと、学校側に連絡して、すぐに対応してもらいました。やがて長男の身長が伸びて、その子よりも大きくなったせいか、行為はおさまりました。

「バンブー・シーリング(竹の天井)」という言葉があり、就職や昇進などでアジア人には限界があり、同じ成績だったら白人が優遇されやすいといわれます。息子たちには、マイノリティーとしてのハンデがあると分かったうえで、どう自分の人生を切り開いていくのかを考えなさいと常に伝えています。

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日本語を学ぶことには動機が必要

――海外生活中は、子どもの日本語教育の両立について悩む親も多いと思います。どのように工夫されましたか。

早期海外移住のデメリットは、何もしなければ子どもたちの日本語が小学生レベルで止まること。同年齢の日本人の子どもと同じ水準の日本語を保ち続けるには親が相当な労力を割かないといけません。これが本当に大変で、日本語が維持できるオンラインサービスが欲しいと思ったくらいです(笑)

息子たちも、日本人の子どものための週末の補習校に通っていました。私や夫が子どもにしゃべるときも、子どもだから簡単な言葉しか使わないということはせず、難しい言葉を入れながら話すように意識していました。役に立ったのは漢字にルビが振ってある日本の歴史漫画。長男は夢中になって読んでいました。

「しゃべる」「聞く」はできても、「読む」「書く」は漢字の壁があって難しい。だから書き順は何でも良い、漢字の形にさえなっていれば良いからと、ハードルを下げて教えていました。今年大学2年生になる長男は、日本人の目上の人に連絡する際の敬語を使ったメールの書き方が難しいみたいで、私が文章を添削して手伝っています。

そして次男は、移住してすぐルー大柴さんみたいになりました。「今日ね、スクールのアセンブリーでティーチャーがね」とか(笑)、「はい、それ全部日本語でいってください」と言い直させていました。

その後、次男は現地の中学を「受験したい」と言い出しました。悩みましたが、その時期は受験を優先することにして、英語のスキルアップに注力。試験のエッセイ対策などのために、家庭教師を見つけてサポートしました。次男は頑張った甲斐あって、無事合格。あのとき、「今はこちら」と英語に集中してよかったです。

 ――日本語学習への意欲を出すためにはどうしたら良いと思いますか。

結局は本人のモチベーションの問題だと思います。「なぜ日本語を勉強したいのか」という動機がないと上手くいきません。

次男も「僕はオーストラリアで生きていくから、日本語はいらない」と言って、補習校に通うのを途中で辞めてしまいました。無理強いしてもしょうがないと思ったけれど、これだけは伝えておきました。「今のオージーたちは『うちの子は英語しかできない』と焦って困っているんだよ。2、3カ国語できる人が当たり前の世界になりつつある。君はせっかくバイリンガルなのに言語を一つ捨てるの?」と。それがどれだけ勿体無いことなのかをわかっておきたまえよと。

 そしたら、彼は高校に上がったタイミングで、外国語選択で日本語を選び、オーストラリア人の先生のもとで、日本語学習を再開しました。母語話者なので、クラスでは彼一人だけ特設コースです。日本語ができると、オーストラリアの大学を受験するときの加点になると知って、やる気が出たみたいです(笑)彼は「鬼滅の刃」、「僕のヒーローアカデミア」など日本アニメをよく見ているので、アニメをもっと理解したいと思ったことも動機になったようです。

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海外生活で高まった家族の結束力

――海外に教育移住するにあたり、親自身が英語を使う場面も多いと思いますが、苦労することはありましたか。

 学校の先生とのやりとりがあるので、夫は英語でものすごく苦労しました。彼は英語ができないのをそれまで隠していたんですよね(笑)。学生時代から運動ばかりしていたので、英検も受けたことがなく、発音記号も読めない状態でした。

あっという間に英語が話せるようになった息子たちは、夫に一生懸命教えるんですよね。そして夫は幼い子ども2人を育てながら、渡豪6年目で現地の専門学校を卒業することができました。本当によく頑張ったと思います。

 夫と同じように英語の習得を頑張る大人の移民仲間がいたし、学校の先生たちもとても親切でした。海外移住に関心のあるご家庭には、オーストラリアのように移民慣れしていて、英語が不自由な人をサポートする教育システムが整っているところをおすすめしたいですね。

 ――「エア離婚」が話題にもなりましたが、海外生活も長くなり、夫婦の関係は変わりましたか。

移住してからは、私が日本に拠点を置いて日豪を行き来する、いわば「通い婚」夫婦。夫婦の関係も更新を重ねてきました。海外での育児では、チームとしての家族の結束力が大事。子どものことをよく見てくれる夫は、育児の最高のパートナーです。子育ての経験や思い出をシェアできるのは、これからも夫しかいない。その点では、かけがえのない存在です。ただ、男と女としての関係については、まだ答えは出ていません。一緒に冒険をする仲間、同志という感覚が強いですね。

撮影:北川サイラ


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北川サイラ
北川サイラ

1992年生まれ、神戸出身。2016年に朝日新聞社入社。静岡、大津総局を経て、2020年10月から現職。小学生のころは器械体操に夢中でした。趣味は家庭菜園、寺社や銭湯めぐりなど。