2022.02.08
学びインタビュー 北川サイラ

子どもがスポーツで強くなるにはどうしたらいいの?野獣の元柔道家・松本薫さんに聞く

「夢中の力」


「野獣」からアイスクリーム業へ転身を果たしたロンドン五輪柔道女子57キロ級金メダリストの松本薫さん。東京五輪では柔道の解説が話題となりました。2019年に引退してからは、4歳と2歳の子育てをしながら、アイスクリームの製造販売をしています。松本さんが世界の頂点を目指して突き進めてこられた原動力は何だったのでしょうか。スポーツを極めて強くなるための秘訣や、夢中を見つけることについて聞きました。2回にわけてお届けします。

前編:子どもがスポーツで強くなるにはどうしたらいいの? 元野獣の柔道家・松本薫さんに聞く

後編:子どもの「好き」を見つけるためには?柔道家からアイスクリーム屋に転身の松本薫さん

「苦手」から逃げ続けた幼少期

――柔道を習い始めたきっかけを教えてください。

柔道は6歳のころに始めました。全国大会で上位に入るほど強い道場で、稽古がとても厳しかったため、私はやりたくないなと思っていました。でも母が「お菓子買ってあげるからやってみない?」と、誘惑に駆られて行くようになりました(笑)。

――子どものころから勝ちにこだわる性格だったのですか?

子どものときは、苦手なものからとことん逃げるタイプで、強くなりたいという気持ちは一切なかったです。むしろ試合で早く負けた方が休む時間が長くなるので、わざと負けることもありました。

――わざと負ける!?

中学2年生の全国中学校柔道大会のときに準決勝まで残りました。1個上の姉も別の階級で準決勝まで進み、私と姉の試合がちょうど重なりました。それまで私の試合を見ていた先生が姉の方についたんです。先生が離れた瞬間、「今が負けどきだ!」と思いましたね(笑)対戦相手にもバレないよう、1本取られずに上手い具合にコテッと転がる。私は3位で「良かった」と満足していました。

――そこから「勝ちたいと」と思うようになったきっかけは何だったのですか?

姉がその大会で見事優勝したんです。すると家族もまわりの人も姉ばかりに「おめでとう」「お疲れ様」と声をかけて、私の3位はなかったことにされたんです。それがショックで、ちゃんと勝ちにいかないと誰も自分を認めてくれないんだと痛感しました。

打ち砕かれた夢 そこから芽生えた勝ちへのこだわり

ベネシード提供ベネシード提供

――五輪を目指すようになったのはいつごろですか?

子どものころから夢がなくて。でも中学3年生の全国中学校柔道大会で優勝してからは自信がついて、五輪を目指すという夢がはじめてできました。ところがその直後、当時同じ階級だった谷亮子さんと練習する機会があって、ボコボコにやられてしまいました。

気づけば天井を見ているという圧倒的な差を見せつけられ、この人に勝てないと世界はないのかと思ったら、「無理だ」と諦めました。柔道で自分が活躍する居場所はないなと。

――はじめて抱いた夢が打ち砕かれたのですね。そこからどのように気持ちを切り替えたのですか?

その後、金沢から東京の強豪校に入りました。でも私は、どれだけ練習しても谷さんを超える力はないと思っていましたから、どんどん道場に行かなくなりました。結局、高校2年生の夏に自主退学して地元の金沢に帰ることになりました。

――当時はどんな思いだったのですか?

家族は私を一切責めずに「つらかったら泣いていいんやよ」と声をかけてきてくれたんです。あ、そこまでいわせるくらい、家族に心配をかけたんだなとはじめて気づきましたね。

10年続けた柔道をやめようとも考えました。でも今やめたら、一体自分に何が残るのかを考えたんです。それが、何もなくて。「これまで何をしていたんだろう」という後悔しか残らない。だったら、何か一つでもつかむまで、一生懸命柔道を続けてみようと。大学で柔道に専念するために東京に再び戻ったときは、今度こそ結果を残すまで家に帰らないと決めました。

強くなる3つのポイント「自分を知る」「楽しむ」「目標の設定」

――スポーツをやっている子で、なかなか結果がでなくて、やめようかなと悩む子も多いです。どうすれば強くなれると思いますか?

スポーツで強くなるには、「自分を知ること」、「楽しむ力」、「目標の設定の位置」の3つが大事です。この3つがきちんとできていれば、日本一にはなれるのでないかと思います。 

一つ目の「自分を知ること」とは、自分の長所と短所を把握して、毎日の練習を自分で組み立てることを意味します。練習内容を考えるには、今自分に何が足りていないのか、何を伸ばしたいのかをきちんと知る必要があります。試合に負けて悔しがるだけでは、なかなか強くなれません。勝つための課題と一つずつ地道に向き合わなければいけません。

二つ目は「楽しむ力」です。やっていることにどれだけ楽しさを見いだすことができるか。そこで鍵を握るのは「想像力」です。千本打ち込みという厳しい練習があるのですが、これを乗り越えたらキレのある理想の投げ方ができるようになる。そして試合に勝った後、喜ぶ家族の表情を想像してみる。全部良い方向にイメージするんです。

――ポジティブに捉えることが大事なんですね。

私は五輪で優勝したらインタビューで何を話そうかなといつも考えていました。全部良い方向にイメージするんです。将来の自分に近づけるためにやらないといけないことは想像でワクワクしながら楽しみましょう。

――インタビュー内容まで考えていたのですね、すごい!

ベネシード提供ベネシード提供

最後は「目標設定の位置」です。目標を設定するときは、「いつ」、「どこで」、「何のために」、「どんな自分で」を考えましょう。五輪出場を目指している子どもたちの多くは「2024年のパリ五輪で(いつ・どこで)」、「小さいころからの夢のために(何のため)」までを考えていると思います。でもここで一番大事なのは「どんな自分で」なんです。

――「どんな自分で」というのは、どのような目標を立てるのですか?

五輪に出場するときまでに、どういう技でどんな戦い方がしたいのかをまずイメージします。その最終目標を到達するために、2年前までにどんな自分で戦いたいのか。また、1年前までにどんな自分で戦いたいのか。逆算しながら目標を組み立てていきます。

――勝つだけではなくて、勝ち方まで考えるということですか?

それぞれの試合にも目標を設定し、新しい技を入れてみたり、試合の入り方を変えてみたりします。外から同じ試合に見えても、実は試合ごとに試していることが全て違うんです。もちろん自分が思った通りにはいかないのですが、新たな課題がでたらすぐに修正して、最終目標に向けて計画的にプロセスを描くことが大切です。

世界で勝つために「野獣」になった 見つけた居場所  

現在はアイスクリームの製造開発を担当している松本さん現在はアイスクリームの製造開発を担当している松本さん

――世界の舞台で活躍するには、何が必要なのでしょうか?

日本一までは努力でなれると私も信じていました。でも凡人の私が、生まれ持った才能あふれる世界の天才たちと同じ努力をしても、天才と凡人の間にはずっとうまらない差があると感じていました。だから私は自分を超えて、世界で勝つために「野獣」になりました。

――どういうきっかけで「野獣」にまでなったんですか(笑)。

自分に自信がなくて、相手がどんどん強く見えたんです。怖くなって気づいたら、試合前にあごをぐっと引いて、うつむきがちになって、相手の目をにらむようになりました。そこから少し笑みを浮かべます。 

――なぜ笑おうと思ったのですか?

国際大会で、対戦相手が試合中ずっとニコニコしていたんです。意味が分からなくて、それが怖かったんです。私もそれをまねてみたんです。

野獣の表情をすると、相手が力んで、少し体が前のめりになってしまうんです。相手のコンディションを100%から80%に引き下げる戦略です。するとこれまで勝てなかった相手にも勝てるようになりました。

――野獣で相手の心理を上手く動かすわけですね。

試合前、わざと笑顔で相手に「次試合だね、よろしく」と、声をかけに行くこともありました。相手が「え?」と私の顔をもう一度見るタイミングで野獣の顔になっておく。相手も「この人頭おかしいじゃん!」ってなりますよね(笑)。

相手が一番嫌がる対戦相手というのは、何を考えているのかがわからないやつなんです。だから引退するまで不気味なやつを全力で演じていました。引退後、ほかの選手からはあのとき「クレイジーだったね!」といわれましたね(笑)。

本当は私も野獣になってまで戦いたくなかったです。でも私は自分の柔道だけを極めても勝てなかったので、柔道ではないところから戦うかしかなかったんです。そこではじめて畳の上で平等に戦えた。技で魅了せず、ただにらむのは柔道じゃない、卑怯な柔道だと批判されたこともありました。それでも、戦い続けられたのは、私を応援してくれる両親や会社仲間のおかげです。野獣になってまで喜ばせてあげたかったんです。 

――「野獣」という肩書は人気になりましたよね。

自分の「居場所」が見つかったとはじめて感じました。「私はここにいるんだ!」とあの野獣スタイルでずっと叫んでいたんだと思います。

撮影:伊ケ崎忍

関連記事:<後編>子どもの「好き」を見つけるためには? 柔道家からアイスクリーム屋に転身した松本薫さん

【プロフィール:松本薫(まつもと・かおり)】

1987年生まれ、石川県出身。帝京大学卒業後、ベネシードに所属。柔道女子57キロ級で2012年ロンドン五輪金メダル、16年リオデジャネイロ五輪銅メダル。2児の母。ダシーズのアイスクリームの製造開発に携わっている。

北川サイラ
北川サイラ

1992年生まれ、神戸出身。2016年に朝日新聞社入社。静岡、大津総局を経て、2020年10月から現職。小学生のころは器械体操に夢中でした。趣味は家庭菜園、寺社や銭湯めぐりなど。