2022.02.08
学びインタビュー 北川サイラ

子どもの「好き」を見つけるためには?柔道家からアイスクリーム屋に転身の松本薫さん

「夢中の力」

「野獣」からアイスクリーム業へ転身を果たしたロンドン五輪柔道女子57キロ級金メダリストの松本薫さん(34)。2019年に引退した後は、4歳と2歳の子育てをしながら、アイスクリームの製造開発の仕事を両立してきました。異色なセカンドキャリアを築いた松本さんに新しい世界に挑戦する思いや、子どもの夢中を伸ばすために大切にしていることについて聞きました。

前編:スポーツで強くなるにはどうしたらいいの? 元野獣の柔道家・松本薫さんに聞く 

後編:子どもの「好き」を見つけるためには?柔道家からアイスクリーム屋に転身の松本薫さん

引退会見での「柔道は好きじゃなかった」の意味とは

ベネシード提供ベネシード提供

――松本さんは子どものころ、ほかの習い事はしていましたか?

私が通っていた道場は、柔道とレスリングを一緒にやるところで、6歳から中学3年生までレスリングをしていました。投げられたときの対処法など、レスリングで身につけた運動神経が生きることはありましたね。

――いまの子どもたちは習い事をたくさんしていますが、好きなことがみつからないと悩んでいます。松本さんも引退会見で「柔道は好きじゃなかった」と話していましたよね。

本当は柔道が好きじゃなかったんです。オリンピックの選手村でもほかの選手たちが自分の競技を話していて、すごいなぁ~と。自分はちょっと違うなって。だからずっと私はいびつな人間だと感じていました。

好きじゃないとダメなんだと思い込んでいました。ロンドン五輪で目標を達成した後は、なんで戦っているのかがわからなくなってしまいました。

するとある日、私が所属している会社の社長が「おまえ、柔道好きじゃないもんな。アハハハハハ」と笑ってくれたんです。それが私の中ですぱーんと入ってきて。「あ、別に好きじゃなくてもいいんだ!」と、はじめて思えたんです。

そうか、私は「自分のため」「家族を喜ばすため」のこの2つの目標があったときに力を発揮して、頑張ろうと思えたり、もう一踏ん張りできたりするんだと。私は、柔道が好きだから戦うのではなく、両親を世界に連れて行くという目標のために柔道をしてきた。そんな自分の戦い方を肯定してくれる人がいて、気持ちがすっと楽になりました。

習い事の辞めどきは、納得するものをつかんでから決断を

――「好きだから頑張る」と「好きじゃないけど頑張る」というのは同じ価値があるということですね。 

そうです!よく、「好きなことをやりなさい」といわれますよね。好きなことって何だろう、とずっと疑問でした。おそらく世の中で好きを仕事にしている人の方が少ないのかなと。でもそれはそれでいいのかなと思います。好きを見つけるってそんな簡単なことではないですから!

――松本さんがその答えにたどり着けたのは、柔道を続けてきたからこそだという気もします。

 私も柔道をやめるきっかけはいっぱいありました。でも、家族やまわりの人に応援してもらって、一人じゃなかったから続けられました。

最初に「やめたい」と母に伝えたのは小学3年生のころ。「やめてもいいけど、自分で道場の先生にやめることを伝えなさい」といわれ…子どもでも責任を取るということだったと思うのですが、先生に自分からいう勇気はなかったですね(笑)。 

――習い事をやめようか悩んでいる子も多くいます。そういう子たちに伝えたいことは?

そこであなたは何をつかみ、何か学ぶものはあったのだろうか。何も得ないままやめてしまったら、後悔だけが残ります。好きじゃなかったとしても、何か一つでも納得するものを見つけてから決断をした方がいいと思います。

好きかどうかかわからなくても、今やっていることを続けていくうちにそれが何かにつながるかもしれません。その日のために自分と向き合って今を頑張ろうと伝えたいです。

天然野獣の子育て 「おうち柔道」で特訓中

――ところで、松本さんのお子さんは柔道を習っていますか?

今は、2人とも自宅で「おうち柔道」をしています。私がゆるく教えています。2歳の息子が4歳の娘の髪を引っ張ったり、殴ったりすることがあるんです。普通の子は「やめて」と突き放すと思うのですが、娘はそういうことを一切しなくて。ただ耐えるだけで、後からポロポロと泣いているんです。

ストレスの対処法がわかっていないと感じたので、教育も兼ねて、相手と向き合いながら自分も出していく柔道を習った方がいいと思いました。礼儀作法も身につきますしね。

――相手と直接組み合って、向き合うのは柔道の魅力ですよね。

娘は私の現役時代の映像をよく見ているのですが、柔道をするときに、一生懸命「いいい~~」とにらんで、野獣の顔をつくるんです(笑)。

つい笑うと、娘も「ママ真剣にやって!早くあの怖い顔やって!」と。あの顔が柔道だと思っているようです。道場に連れてったときに、大丈夫かなと思いましたね(笑)。 

ゲームやプログラミング、学習コンテンツが満載のキッズパソコンで遊ぶ松本さんの子どもたち=ベネシード提供ゲームやプログラミング、学習コンテンツが満載のキッズパソコンで遊ぶ松本さんの子どもたち=ベネシード提供

――野獣の顔をするなんて、とても可愛いですね!息子さんの方は?

天然野獣の息子はまだ小さいので、わからないですね。ただ、スポーツの習い事はやってほしいですね。スポーツは一人ではできないので、いろんな人と関わりながら成長してほしいと思います。

――松本さんは子どもたちと接するとき、イライラすることはありますか?

怒ってばっかりです!今朝も息子がコンセントの中にフォークを突っ込もうとするので、危ない!と怒りましたね(笑)。

娘は知育系のドリルが大好きです。つきっきりになって「よくできたね」と声をかけるのではなく、自由にやらせて、「今日ドリルやんないの?」「あ!忘れてた!」と促すだけですね。前はできないと、なんでできないんだろう?とイライラすることがありました。でも間違いを指摘してしまうと、一生懸命取り組もうとしていることが否定されたと思われるので、見ているだけです。間違ってもいいかなって。

――松本さんは自分に厳しいので、指摘すると厳しくなりそうですね(笑)。

そうなんです!だからあえて、子どもとの間に線をぱっと引いています。イラッっとしたら、「ママちょっと向こうに行くね」と伝えて、その場を離れてチョコを食べます。甘いものがほしい~ってなりますね(笑)。

柔道よりも子どもが一番になった

――あらためて、引退した理由を教えてください。

リオデジャネイロ五輪後に結婚し、2017年に娘、2019年に息子を出産しました。選手として復帰して東京五輪を目指していたのですが、自分の中で柔道よりも子どもが一番になりました。それと、試合で勝っても楽しくないなと思ったことも大きな理由です。

――いつそういう感情になったのですか?

2018年8月の全日本実業柔道個人選手権に出場したとき、大会前に娘が保育園で熱を出してしまいました。そのため、練習が全然満足にできないまま、試合に臨むことになりました。すると決勝まで勝ってしまったんです。

私はそれまで野獣を作り込んで試合に臨むプレイスタイルだったので、作り込まなくても勝てるの?と思った瞬間、「つまんないな」と思ってしまいました。決勝で敗れてしまったのですが、そこでもう勝たなくてもいいやと思っていたので、ダメだと思いました。

2018年11月に開かれた講道館杯全日本体重別選手権の1回戦が引退試合になったのですが、そこでも勝ちたい気持ちは湧かなかったです。私は、試合に勝つことだけではなく、試合に向けて野獣を作り込む課程そのものが好きだったんだなと思います。

アイスクリームでも金メダルを目指す

――柔道界から新しい世界に飛び込むことへの不安はありましたか?

なかったですね。ワクワクで楽しみでした!会社の事業の中から一番面白そうだなと思って選んだのが、このアイスクリーム事業でした。父も料理人なので、食の道に進むことへの違和感はなかったですね。

――まわりはアイスをすると聞いて驚きましたけどね(笑)。

私は甘い物が大好きで、ロンドン五輪後に1日4食パフェを食べていた時期がありました。ただ、甘い物を食べると体に異変が起きるんですよね。だから現役のころから、もっと体に良くて、毎日食べられるアイスがあればいいなと思っていました。

――松本さんがメニュー考案などを手がける「ダシーズ」はどんなアイスですか?

「ダシーズ」のアイスは、乳製品や白砂糖を使っていません。ビーガン対応でアレルギーのある人も安心して食べることができます。どんな人でも同じ食卓を囲んで笑顔になれるアイスです。

私は製造開発の担当として、アイスのメニュー考案などにも関わっています。コロナ前は高田馬場にある店頭に立って接客することもありましたが、コロナの影響で今は店を閉めて、今は通販販売をしています。

――柔道での経験がアイスのお仕事にいきることはありますか。

柔道では、自分の短所と長所を把握して、どうしたら目標を達成できるかと日々考えていました。この考え方はアイスの仕事でも同じ。短所は食の知識が足りないのでいろんな本を読みあさること。長所は柔道で鍛えた集中力なので、そこをいかして短所を補うこと。目標達成に向けて一つひとつの課題をこなす部分は共通する点だと思います。

違いは、相手を投げるか投げないくらいですかね(笑)。

――今後やりたいことは何ですか?

目標はイタリアのジェラートコンテストに出場することです。でも、私はアイスの声がまだ聞こえなくて…。まだまだだなと、日々勉強中です。

――えっ、アイスの声?

はい。おいしいアイスをつくるには、味や見た目の美しさ以外にも、食材の混ぜ方や機械の温度設定など細かい調整が必要です。それがうまくいくと、なめらかな輝きになって、おいしくなったアイスの声が聞こえるんですよ。そうなれるように、これからもっと勉強していきたいです。

――コンテストで勝つことが目標ですか?

コンテストに出ることは小さな目標で、もっと大きな夢はダシーズのアイスを世界へ発信することです。そこに向かって、頑張っていきたいです。

撮影:伊ケ崎忍

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【プロフィール:松本薫(まつもと・かおり)】 

1987年生まれ、石川県出身。帝京大学卒業後、ベネシードに所属。柔道女子57キロ級で2012年ロンドン五輪金メダル、16年リオデジャネイロ五輪銅メダル。2児の母。ダシーズのアイスクリームの製造開発に携わっている。

北川サイラ
北川サイラ

1992年生まれ、神戸出身。2016年に朝日新聞社入社。静岡、大津総局を経て、2020年10月から現職。小学生のころは器械体操に夢中でした。趣味は家庭菜園、寺社や銭湯めぐりなど。

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