2022.03.18
学びインタビュー 北川サイラ

子どもの習い事は早く始めた方がいいの? バレー五輪主将・荒木絵里香さんに聞く

【夢中の力】

東京五輪バレーボール女子日本代表のキャプテンとしてチームを支え、2021年9月に現役引退を発表した荒木絵里香さん。キャプテンを務めた2012年ロンドン五輪で銅メダルをつかみ、2014年に長女・和香さん(8)を出産して、復帰を果たしました。今年4月からは大学院でスポーツのコーチングを学びます。スポーツを通して身につく力とは。荒木さんの幼少期の過ごし方や長女の習い事についても紹介します。

 前編:子育てと仕事を両立させるには? バレー五輪主将・荒木絵里香さんに聞く

後編:子どもの習い事は早く始めた方がいいの? バレー五輪主将・荒木絵里香さんに聞く

キャプテンの役割とは 伝え方を工夫

――ロンドンと東京五輪で2度キャプテンを経験して、どんなスキルが身についたと思いますか?

私、実は全然リーダ向きじゃないんです(笑)。ただキャプテンの役割を通して、選手やチームのことをすごく見れるようになりました。ベンチに入れない選手やスタッフの役割についても考え、どうすればまわりから愛されるチームになれるかを常に考えていました。

――荒木さんはどんなタイプのキャプテンですか?

「イルカ型」だといわれたことはあります(笑)。 

――イルカ型!? 

先頭を走って引っ張っていく強い「サメ型」ではなく、まわりのバランスを見ながら巻き込むのが「イルカ型」だそうです(笑)。

キャプテンだったロンドン五輪のときも、前主将の竹下佳江さんや後輩の木村沙織さんに頼りながらやらせてもらいました。東京五輪でも、自分一人でチームをどうにかできるものではないので、みんなをとにかく巻き込んで、全員の力を最大限発揮できるような空気感をつくることを意識していました。

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――選手の力を引き出すために意識していたことは何ですか?

自分が直接選手に話しかけるよりも、ほかの子に言ってもらった方が入りやすいかなと思ったときは、別の人に伝える役割をお願いしていました。同じことを伝えるにしても、「誰が」「いつ」「どんな風に」伝えるのかが大事なので。そこはすごく考えていましたね。

幼少期は水泳と陸上も経験

――子どものころに習い事はされていましたか? 

バレーは小学5年生から始めたのですが、それまでは水泳と陸上をがっつり習っていました。水泳はベビースイミングから、陸上は小学2年生から。両親も水泳と陸上選手になってほしいとの思いはなく、大きくなってほかのスポーツをするときに役立つ習い事をさせたかったそうです。

陸上で走りの基礎を学んだおかげで、バレーのランニングトレーニングもこなすことができたと思っています。

――足は速かったのですか?

小学校では一番速かったです。それをみた母が県のマラソン大会に出ることを勧めてきたんです。「これ面白いからどう?」って。母としては「小学校で1番なんて大したことない」「井の中の蛙になるな」ということを私に思い知らせたかったようです(笑)。

大会に出てみたら本当に地獄だったんですよね(笑)。まわりにはもっと足が速い人ばかりで、結果は十何位。現実を知りました。

それが悔しくて、どうすれば順位が上がるのかを考えて練習するようになりました。負けず嫌いだったので、2回目の大会で一桁台に上がりましたね。 

――頑張るきっかけを与えられたということは、お母さんの思惑にはまったわけですね(笑)。バレーはどのように始めましたか? 

小学4年生で身長が170センチあったので、5年生のときに母がバレーボールのクラブを勧めてくれました。そのクラブがめちゃくちゃ厳しくて。今の時代では完全アウトになるような殴る蹴る当たり前のところで…。その指導法に両親が怒って、クラブを辞めさせられました。「これはスポーツじゃない!」と。

私はバレーが上手くなりたいと思っていたので、クラブを続けたいと頼んだのですが、両親は聞いてくれませんでしたね。

――ご両親は荒木さんを守ってくれたんですね。

母は体育教師で父はラグビー選手だったので、知識があったこと、そこは本当に感謝ですよね。

その後、母の友達が私の小学校で仲間を集めてクラブをつくってくれたので、バレーを続けることができました。

――クラブを一からつくるなんてすごい行動力ですね! 

「高校からでも遅くない」 強豪に行かせなかった両親の考え

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――中学以降はどうしたのですか?

私は地元の中学校に入学しました。小学6年生で身長が180センチあったので私立の強豪校からのお誘いもありました。私は行きたいと両親にお願いしたのですが、「高校からでも遅くないから大丈夫だよ」と言われ、進学を反対されました。

――反対した理由は何ですか?

両親は私の身長がまだ伸びていたので、骨格ができていないまま競技に長時間打ち込むことは怪我につながると心配していました。競技に専念するのは、体ができあがってからでいいと。当時、ちょっとだけ動いただけで膝が痛くなっていましたから。

成長期の親のコントロールもあって、長いキャリアの中でもこれまで手術をすることも一度もなく、怪我も少ない選手生活を送れました。

――ご両親のおかげですね!スポーツで上手くなるには、なるべく早くから始めた方がいいという考えもありますが、どう思いますか

スポーツの早期化が進んでいますが、子どもにやる気があり、体の成長度や気質によっては急がなくても大丈夫かなと。もちろん早く始めた方がいい競技もありますが、親がその子の特性を理解してあげられることが大事だと思います。

子どもが納得できる言葉がけが大事

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――両親に反対されたとき、荒木さん自身、納得はできましたか?

強豪校に行きたいと言ったときも、両親は全否定せず、入学するための勉強を一緒にしてれたんですよね。「一緒に考えるよ」という前向きな姿勢を見せてくれたからこそ、親の反対も受け入れることができた。

スポーツはプレーすると英語で言うから、「プレーの意味を辞書で引いてみて」と父に言われたことがあります。すると「遊ぶ」という意味がでてきますよね。つまりスポーツは「遊び」なんだと。遊びは何かというと「楽しいもの」ですよね。だからスポーツは人を傷つけたり、体に負担をかけて過度にしたりするものでないということも自分の中で理解することができました。

子どもが納得できる言葉がけって大事だなと、自分の両親を見て思いましたね。

――中学校で強豪校に行けなかった分、バレーへの気持ちは逆に高まったのでは? 

「バレーが上手くなりたい!」という気持ちはマックスに高まりましたよね(笑)。東京の成徳学園高(現下北沢成徳高)に行けたときはとても嬉しかったです!

両親も監督の指導方針を吟味したうえで進学を押してくれました。その影響で、私も娘の習い事を決めるときは、指導者の声掛けや指導の仕方をよく、見ちゃいますね(笑)。

チアダンスを習った娘 ママの試合も応援

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――娘さんは習い事をしていますか?

今はテニス、水泳とダンスを習っています。水泳は半分強制的な感じで始めたのですが、最近は進級できる喜びがわかってきて頑張っています。

踊るのが好きで、名古屋に住んでいたころはチアダンスを3年ほど習っていました。ホームゲームのセット間で踊ってくれたこともあります!

――それは感激ですね!

私を応援するのが和香(長女)の夢だったようで、「夢が一個叶った」と言ってくれたのは良い思い出ですね。

――ちなみに娘さんにバレーボールをやらせたいと思いますか?

バレーは本人が強く希望しない限り、やらせる気はないですね(笑)。スポーツ以外にも習い事をやらせたくて、「ピアノや英語もどう?」と聞いてはいるのですが、「うん」とは言わなくて(笑)。何かに一つに絞るのはまだ早いと思うので、興味があることにどんどん挑戦してほしいです。

――スポーツを通して娘さんに一番学んでほしいことは?

出来なかったことが出来るようになるのがわかりやすいのが「スポーツ」。人との関わり方や礼儀を学んで、上手くなる喜びや達成感など、いろんな感情を味わって成長してほしいです。

私のまわりにはバレーで学んだことを社会に生かしている仲間がたくさんいます。スポーツ雑誌を作る人や、スポーツメーカーで働く人。私自身はバレーボール選手として、高いレベルでプレーすること、勝つこと、上手くなることを追い求めてここまで続けてきましたが、バレーの経験を生かす道はたくさんあるんだなと、仲間を見て教わりました。

スポーツは自分の人生を広げて、人生を豊かにしていくことが本質にあると思います。そういうことを娘にも経験してもらえると嬉しいですね。

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【プロフィール:荒木絵里香(あらき・えりか)】

1984年、岡山県出身。東京・成徳学園高(現・下北沢成徳)で高校日本一に。トヨタ車体所属。東京五輪を含め、2008年の北京五輪から4大会連続で出場。主将を務めた2012年のロンドン五輪で銅メダルを獲得。2014年に長女を出産。2021年9月に引退。 

写真撮影:篠田英美

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北川サイラ
北川サイラ

1992年生まれ、神戸出身。2016年に朝日新聞社入社。静岡、大津総局を経て、2020年10月から現職。小学生のころは器械体操に夢中でした。趣味は家庭菜園、寺社や銭湯めぐりなど。