医師や経営者など、お仕事体験 没頭する力 「エイスクール」なりきりラボ
医師、看護師、経営者、エンジニア、研究者……制服姿などわかりやすい見た目だけでなく、仕事のやりがいや魅力といった深い内面まで疑似体験できるのが、「a.school(エイスクール)」の「なりきりラボ」(東京都文京区)です。いろんな仕事を体験した子どもたちは、「自分はどんなことにワクワク、没頭できるのか」を、自然に見いだしていきます。
血管に見立てたチューブを、本物の針で縫合
筆者が見学したのは「医師・看護師」のなりきりラボで、2カ月続くプログラムの中盤あたりに訪問しました。この日のヤマ場は、手術体験ワークショップ。血管に見立てたチューブを、本物の医療用針を使って縫合します。小学校高学年の子どもたちは「外科結び」という結び方を、まずお手本動画を見て学び、その後実際にやってみます。上手な子は何度もやって見せて、周りの子どもたちから歓声が上がっていました。
1回2時間、8回続くプログラムの中で、子どもたちは患者役の学生メンター(講師と共に授業をアシストします)を診察して病名を診断するゲームをしたり、家族がなりやすい病気を調べ、楽しく続けられる予防プランを考えて発表したりします。こうしたワークショップやプレゼンテーションを通じて、医師や看護師という仕事のやりがい、社会にもたらす価値を体感していきます。
メンターから「外科結び」のやり方を何度も聞いてコツをつかむと、その後、夢中で取り組んでいた
子どもたちが体験できる職種は、コピーライター、メカエンジニア、ユーチューバー、社会起業家、研究者など、バラエティに富んでいます。その数20職種以上で、どんどん増え続けています。それぞれの仕事の内面に踏み込みながら、子どもにやりがいや面白さを伝えるプログラムは、どうやって作り出されているのでしょうか?
エイスクールの代表取締役校長、岩田拓真さんは、「私自身、人に興味があるタイプ。様々なプロフェッショナルが、何にハマって今の仕事を続けているのか、どんな価値を生み出すためエネルギーを注いでいるのかを聞くのが好き」と話します。
その道のプロ10人以上にインタビュー
自分が聞いて面白いものはきっと子どもたちも面白く、役に立つに違いない。そう感じたのがなりきりラボを始めたきっかけだと、岩田さんは言います。「京都大学、東京大学大学院と文理横断の勉強や研究を続けてきたので、いろいろな分野のプロが知人・友人にいます。それがなりきりラボの職種の多彩さに役立っています。ある職種をなりきりラボに採用するか検討する段階で、その職種のプロに3人ほどインタビューします。仕事のやりがいだけでなく、なぜその仕事を選んだのか、どんな人生を過ごしてきたかを聞きます」(岩田さん)。
プログラム採用が決まったら、さらにインタビューを重ねます。全部で10数人には話を聞くとのこと。その職種について書かれた本も、10冊以上読み込みます。「大人は抽象的な話から想像できるが、子どもはそうはいかない。具体的な体験から『この仕事の面白さってこういうことか!』を感じられるように、プログラムを工夫しています」(同)。プログラムを一つ作るのに、2カ月から3カ月はかかるそうです。
なりきりラボで体験できる職種の例
ゲームも活用して仕事を理解
このように丁寧に作られたプログラムは、2カ月かけて子どもたちに伝えられます。大きくインプットの前半と、アウトプットの後半に分けられます。例えば「医師・看護師」の前半では、体の仕組みや難病についてクイズなどで学びます。またゲームも各プログラムに必ず組み込まれています。「患者役の学生メンターが訴える症状を、医師役の子どもが診察で聞きます。質問を重ねて、20ほどある病気のカードから、どれが患者に該当するのかを考える。いくつかある検査カードで診断を確定していきます」(同)
仮に正解でも、どうやってその診断に行き着いたのかを、みんなで振り返ります。「あてずっぽうや勘に頼っていたら、もし自分がかかった医者がそうだったら、どう思うか想像してもらいます」(同)。こうして医師・看護師の仕事の難しさややりがいを、ゲームを通じて疑似体験していきます。前半のインプットはこうしたゲーム、クイズ、手術体験のようなワークショップで構成されています。
続いて後半は、アウトプットです。「医師・看護師」では、家族のための病気予防アクションプランを作るプロジェクトに挑戦します。お父さんやお母さんなど、家族の病気やけがの経歴、習慣などを調べ、その世代がなりやすい病気などもチェック。その上で、楽しく続けられるようなアクションプランにまとめ、教室で発表します。
それぞれ自分の意見を主張しながらも、学生メンターのサポートで意見をまとめていく
探究グランプリに応募100作品
こうしたアウトプットで具体的な作品を作るプログラムでは、「小学生探究グランプリ」という全国規模のコンテストも実施しています。なりきりラボの姉妹プログラムに、「おしごと算数」があります。仕事の中に生かされる算数を実践型で学ぶのですが、その「建築家」の回では、自分が建ててみたい建物の模型を実際に製作します。そうした建築模型を審査対象とするコンテストを開催したところ、プログラムを受講した子も含めて全国から約100作品が寄せられました。次回はコピーライターのコンテストも予定されています。作品をプロに評価してもらうことで、アウトプットへの関心を更に高めてもらうことが狙いです。
プログラムの内容とともに評価されているのが、一人ひとりに目が行き届く少人数教育と、丁寧なフィードバック(FB)です。1クラスは10数人までで構成されることが多く、ファシリテーター役の講師のほか、4人に1人、学生メンターが付きます。つまり1クラスあたり3、4人の大人が担当することになります。多くの大人の目で見守られた子どもの様子は、「学びの様子」「成長・変化」「今後の課題」の3項目にまとめられ、保護者にFBされます。FBは1つの職種が終わる2カ月に1度、送られます。
「ここで子どもに表れる変化は、点数などの定量的なものではなく、定性的なものです。変化の気づきになってほしいとFBを送っています」(同)。また希望する保護者には年2回、講師との面談も設定されます。
講師からの問いかけに、子どもたちからどんどん質問や意見が飛び出す。アットホームな雰囲気のなか、遠慮せず発言していた
なりきりラボでは2カ月で1職種を体験し、子どもたちは1年間で5つの仕事を体験できます。「色々な仕事をなりきり体験するうちに、自分は人のために何かをするのが好きだ、一つのことを突き詰めて形にするのが楽しいなど、長年通う子どもたちは、自然に自分の傾向をつかんでいきます」と、岩田さん。そして、それはどんな仕事で実現できるのか、そのためにはどんな勉強が必要なのかと、自ら考えを深めていけるようになっていきます。
「体験した職種に直接なりたいと思わなくてもいい。自分はこんなことをしている時に没頭できるなと、実感できることが大切です」(同)。
エイスクールでは、クイズやワークショップの時間では子どもたちもわいわいにぎやかですが、アウトプットの期間になると自分の考えや作業に没頭し、教室は静かになっていくといいます。この静かな時間が、重要なのでしょう。
自分の判断や行動に「これでいい」
エイスクールを始めて7年。卒業生たちはどんな進路を歩んでいるのでしょうか。
海外の大学進学を目指す人、本気で声優を目指して高校生からオーディションに挑む人、「早く働きたい」と高校は通信制を選び、同社で高校生メンターとしてアルバイトしながら、他にも色々なプロジェクトに参加している人などさまざまです。
「自分なりに何かをつかんでいる。自らの判断や行動について『これでいい』と思っている子が多いですね」と岩田さんは話します。
「自分らしくいるというスタンスが以前より確立したと思う」「好きなことが見つからないと言っていたが、通い始めてからは『発電が好き』とはっきり言うようになった」といった保護者の感想も、岩田さんの見方を裏づけています。
教室に掲示されていた、子どもたちや保護者の感想コメント
何か、時間を忘れるほど没頭できることを仕事にできたなら、その人は幸せな人生を送れるのではないでしょうか。子どもが没頭できる何かを、子どもと一緒に探して見たいなら、エイスクールは有望な選択肢の一つだと感じました。
教室情報
「a.school」
住所:本郷校 東京都文京区1 本郷4-1-7 近江屋第二ビル601
池上校 東京都大田区池上3-30-9 たくらみ荘(綱島商店2階)
※「なりきりラボ」「おしごと算数」は小学校低学年は1回1時間、高学年は2時間
※授業料は月4回で低学年1万円(税別)、高学年2万円(同)
※オンライン教室のほか、パートナー事業者による教室が全国に約60カ所
撮影:家老芳美

1969年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。新聞記者、人事専門誌編集者を経てフリーライター。趣味はロックバンドとウインドサーフィン。子どもの頃は、ミリタリーなプラモデルにハマってました。日本の軍艦やドイツの戦車の機能美がカッコいいと思います。