2020.11.24
学びインタビュー 古川雅子

「やればできる」そろタッチの橋本社長が語る 計算で身につく自己肯定感

「Digika」代表取締役社長 橋本恭伸さん

そろばん式暗算法をiPadのアプリで学ぶ「そろタッチ」は、2017年日本e-Learning大賞最優秀賞を受賞したのを皮切りに、翌年にはキッズデザイン賞も受賞。ユーザーは世界各地に広がっています。「人々の可能性を最大限引き出す力になること」をグローバルに実現したいという「Digika」の橋本恭伸代表取締役(37)に、今の教育界に必要なものを聞きました。

世界中を見渡して、計算力向上に一番良いのは「そろばん式暗算」

── なぜ、「そろばん」とテクノロジーの掛け合わせに目をつけたんですか?

僕のキャリアの出発点は、マイクロソフトのグローバル採用の1期生。その後に勤めた楽天では、ディレクターとして、インドネシアを対象にしたEコマースの会社を率いていたんです。海外で会社を経営している中で、一番裏切らなかったのは英語力よりも「数字に強い」という自分の感覚だという実感があるんです。実際のところ、アジアでは英語を上手く話せない人ってわりといるけれど、商取引で数字という共通言語が駆使できて、必要最小限のコミュニケーションが出来れば全く問題はなかったですから。

例えばインドネシアに赴任していた時、大口の出店開拓の細かい条件交渉の中で、「取引するなら、何百何十何万ルピアね。イエスorノー?」と交渉相手から投げかけられても、僕は即座に「○○万ルピアまではGOだけど、それ以下は無理だ」などと具体的に数字を示して話せます。そうすると、相手の信頼につながるんですよね。それに、サイト構築にまつわるエンジニアからの相談で関数や数式が出てきても、僕の中に数字のアレルギーはなかった。大学時代に経営や金融工学を学んでいましたから。

そんな僕が、教育に目を向けるようになったきっかけは、子どもたち(現在5歳と3歳)の誕生です。僕は、MBAの取得のために英国へ留学していた際に知り合った中国人女性と国際結婚をしていて、インドネシアに赴任していた頃に子どもが生まれました。

自分の経験から、子どもの教育を考えるなら真っ先に計算力をつけてあげたいと思ったんですよ。「自分は数字が巧みに扱える」という感覚が養えるように。AIとかロボットとかいうキーワードを耳にしない時はないけれど、5歳でいきなり数学の「積分」は出来ないでしょう? 世界じゅうの教育を見渡しても、算数教育の入り口には必ず、四則計算がある。じゃあ、計算力向上に一番効くのは、何を学ぶのが良いかと探し始めて、「そろばん式暗算」に出会いました。

ヒップホップダンスみたいな、リズミカルな暗算大会

「え、世界でメジャーなのは、アジア生まれのそろばんにひもづいた計算法だったの?」と、意外でした。マレーシアに本部を置く「UCMAS」という、世界最大手のそろばん塾チェーンがあるんですが、そのインド支部の暗算大会の模様を見て度肝を抜きました。両手を使ってヒップホップのダンスみたいにリズムに乗って、バンバン計算していく。スポーツアスリートが結集した競技会のような熱狂ぶりで。

イメージ力を使うそろばん式暗算の計算は、日本人が公教育で一律的に学んでいる筆算式とは比べものにならないスピードを持つんだなと。これを操るインド人と日本人とでは、コンピューターで言う「マシーンスペック」が全然違うと思いました。だからこの「イメージ暗算」を日本にも広げようと。

幸いなことに、僕は日本に帰国して、「そろタッチ」の原型となるベータ版を作っていたそろばん教室と出会った。それで楽天を退職してこの事業に専念することにしたんです。テクノロジーを使ってスモールステップで継続的に学ぶ仕組みや「Fun(楽しみ)」を補ってやれば、事業の世界展開も出来ると考えました。

「努力すると報われる」という考え方を身につける

──「楽しく継続的に学べる体験」は子どもにどんな効用をもたらしますか?

もちろん、「グリット(やり抜く力)」が身につくし、僕もそこは強調しています。ただ、何といっても「努力すると報われるという考え方」が備わるというのは、どの子にとっても人生上大きな意義があるはず。「やればできる」と。ひいては「自分は可能性に満ちているんだ」という自己肯定感を育むことにつながるはずです。

まさにスタンフォード大学の心理学教授、キャロル・ドゥエック氏がいう「グロースマインドセット」です。努力したら将来がポジティブに変わるんだという考え方ができるかできないかだけで、人間って、時間の消費の仕方が全然変わってくるんじゃないかと私は思いますね。

計算能力って、誰しも一朝一夕じゃ身につかない。1+1しか出来なかったのに、努力をすると26×38が出来るようになったよとか、そういうプロセスを地道に踏んでいくわけです。「そろタッチ」で積めるのは、基本的には計算能力を習得する体験なんだけど、データを駆使するアクティブラーニングの仕組みを使い、細かいスモールステップに設計しています。楽しく訓練を積むうちに意外とできちゃうなと。過程までを含めて可視化しているので、気がつくと、自分でもすごいぞ!と思うレベルまで到達したことが実感できるんです。

そうすると、実はSTEM (Science、Technology、Engineering、Mathematics)教育の分野で活躍できる人材だけじゃなくて、いろんな世界で活躍する人材の育成につなげられると僕は見ています。サッカーとか、音楽とか、その子が自分の情熱が傾けられる分野に出会えたときに、「やればできる」のモードで突き進める。だって、そういう達成感の体験を積んできた子は、幼少期の原体験があるわけですからね。その感覚は、何にでも応用できる。

僕らが実践しているのは、そういう原体験を促すための強力なサポーター活動なんです。その次の段階で大事になってくることは、前向きなマインドセットを身につけた子どもたちが情熱を傾けられる先に出会うチャンスを与えていくこと。地球の全ての大人が子どもと真剣に向かい合ってやらなければならないことは、これですよね。

達成感を感じることで、やり抜く力が育つ

──今は少子化で、情報過多な時代です。ありとあらゆる教室や教育プロダクトが溢れる中、どんな学びを子どもに与えてよいのか、迷っている親御さんも多いのでは?

旅先でコンパスがないと道に迷うように、教育にもコンパスが必要なんですよ。今を生きる子どもたちが、どこへ向かっていくべきなのかという。

僕は常に世界の潮流とともにものを見ているので、「コンパスはこれだよ」というのがはっきり示せます。世界の教育関係者は皆、「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」をベースに置いています。OECD(経済協力開発機構)が教育関連のプロジェクトの中で教育の望ましい未来像を具体的に描いている。それによれば、教育の目指す先は「Wellbeing for Society」なんです。社会のために貢献できるようなウェルビーイング(良好で幸せな状態)を目指そうよと。

そこへ向けた教育の基礎の部分に位置づけられている「コア・ファンデーション」は、もう明確に「リテラシー(読み書きの基礎能力)」と「ニューメラシー(計算の基礎能力)」の向上なんだと書かれています(図を参照)。

(出典:The OECD Learning Compass 2030 )

さらには、2030年どころか、この先ずっと必要不可欠なエッセンシャルな学びの要素だとされています。なぜなら、フェイクニュースに対応するためには、「リテラシー」抜きには語れないし、著しいITテクノロジーの成長に追いつくには、「ニューメラシー」が強くないと、話にならない。だから、「Less is more(より少ないものは、より豊か)」の精神で、教育もシンプルなところに立ち返らないと。

闇雲に教材を渡り歩いて迷える人たちを救うのが、この「ラーニング・コンパス」だと僕は考えています。僕は「Wellbeing for Society」を見据えての「そろばん式暗算」というモチベーションで、そろタッチ教室をもっともっと発展させていきたい。地球規模で展開していきたいと考えているんです。現在は、アメリカ、香港、マレーシアなど、世界7カ国でそろタッチ教室を展開しています。

子どもの進度を表すマップ。ニックネームが書かれたマグネットを進めます。頑張りが視覚的に共有できる上、達成感を感じられます

「そろタッチ」で、教育格差の是正をしていきたい

──最近始めたユニークな取り組みはありますか?

2020年1月からは、JICA(国際協力機構)やIT系の民間企業と共同で、ウズベキスタンの教育格差を是正するための実証プロジェクトに参画しています。ありがたいことに、ウズベキスタンの国民教育省のICT部門長もそろタッチを高く評価して下さって。現地で50名くらいの小学生とそろタッチ教室を作って、地元の大学生たちがファシリテーターになって、教育の底上げにつなげていこうということを少しずつ始めています。

僕が教育業に舵を切ったのは、僕が田舎の出身だという背景もあるんですよ。備前焼の故郷でもある岡山県の備前市の出身です。小学校に何十分も歩いて通わないといけなかったような田舎です。山の方の地区には、同級生が一人しかいないような。

実は、僕はマイクロソフト時代に、日本国内における地域活性化プロジェクトに関わり、賞を受賞しました。けれども、当時の僕には「真の意味で日本の地域を活性化できていない」という思いが残っていました。紆余曲折を経て、今は教育業に携われています。

チャンスを得られたからこそ、今度こそ教育格差の是正によって地域活性化にコミットしたい。良質の教育が行き届かない地方にも、今後は目を向けていきたいと考えているところです。

関連記事:暗算をスポーツのように楽しむデジタルそろばん「そろタッチ教室」とは


プロフィール:橋本恭伸(はしもと やすのぶ)

1983年、岡山県生まれ。マイクロソフトにグローバル新卒採用第一期生として入社。24歳の時、同社で最も栄誉ある「サークル・オブ・エクセレンス・アワード」を受賞。イギリスのシェフィールド大学でMBAを取得した後、楽天へ。 同社ではインドネシアでの赴任生活が長く、「Rakuten Belanja Online」のディレクターとして、現地のインターネット・ショッピングモールを運営するビジネスを率いた。2016年から「Digika」代表取締役に就任。

撮影:伊ケ崎忍

古川雅子
古川雅子

医療・介護、がん・認知症・難病と暮らし、科学と社会、コミュニティーなどをテーマに幅広く執筆。週刊誌「AERA」の「現代の肖像」などで数多くの人物ルポルタージュを手がける。小学生の頃は競技そろばん、中高生の頃は英語の弁論に熱中。アウトプットのために集中する時、脳がカアーッと熱くなる感覚がわりと好きです。今は、文章を通じてアプトプットする日々ですが、むしろインプットの大事さを痛感しています。

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