2020.12.14
学びインタビュー 平岡妙子

「夢中になる力」第2回:好きなことを仕事にするためには 「探究学舎」宝槻泰伸代表

第2回 好きなことを仕事にするためには 「ときめきを表現できるようになろう」

子どもの興味を開発する学びを提供する教室「探究学舎」の宝槻泰伸代表は、「好きなことを追求して、仕事に出来る時代がやってきている」と言います。いま、教育界には「天動説」から「地動説」へと変わるほどの大変革が起きているからです。あなたは、どちらの価値観を信じていますか。

── 子どもの好きなことを見つけて、興味を開発すると良いというお話を伺いました。でも親は、例えば「好きなサッカーを追求するのは良いのだけれど、勉強もきちんとやってほしい」と思ってしまいます。親の考えを変えなければいけないのでしょうか。

結論から言うとね、もう待つしかない。

どういうことかというと、勉強ができないと不安だという気持ちは、「勉強ができたら、良い仕事に巡り合えて、良い所得が得られて、良い人生を送れる。そうじゃないと、下流社会で生きるしかない」という世界観です。この世界観は、強く信じられてきました。この世界観を信じる人が多ければ、勉強をしないと不安だから、塾に通わせてなるべく良い学校を受験させる。成績を上げると幸せにつながるので、勉強に取り組ませる。みんながそうするから、世界は変わらない。

僕はこれを、教育界の「天動説」と言っています。勉強ができると安心、勉強ができなければ不安。勉強が出来る子は豊かになれると信じている。これは、「宇宙は地球を中心に回っている」と信じている信条とだいたい似ています。

── 「天動説」とまで言うと、なかなか変わらないのではないですか。

潮目はあります。僕たちの親の世代は、学歴信仰がかなり強いです。親の世代はまだ今ほど豊かではありませんでした。そういう世界を生きた人たちの心情は、競争に勝ち抜いて、良い学歴を得て、良い企業に入って安定を勝ち取り、豊かになりたいという考えでした。

── 昭和型ですね。

そう。昭和型教育観は強い。実際、日本社会は競争に勝った人が幸せになりやすい社会でした。そうでなかった人は、うらやましいという羨望や劣等感を抱えて、後悔を感じる人もいたかもしれません。学歴社会であり、平均年収の差がわかりやすく目に見えていました。そういう世界観の親に育てられたのが我々、平成の世代です。

ところが最近は、「やっぱり、自分の好きなことを仕事にできた人の方が幸せなのではないか。収入が高い仕事ではなくて、自分が好きなことを軸に仕事の中身を選びたい」という価値観が台頭してきました。

「探究学舎」では子どもたちが積極的に発言をしながら、授業が進む (教室提供)「探究学舎」では子どもたちが積極的に発言をしながら、授業が進む (教室提供)

── 好きなものを大切にしたいという価値観は広がってきています。

好きなことを仕事にしたほうが幸せなのではないか。それは多くの人が感じ始めています。それが新たな「地動説」なんですよ。ヒエラルキーに従い、安定的なポジションを取るのではなくて、自分の好きなもの、ワクワクするものを軸に人生の選択をする。仕事にする。全然違う価値観が生まれ始めています。

さらに言うと、世の中の仕事は大きく言うと、ファンクショナルな仕事と、エモーショナルな仕事とに分かれています。

ファンクショナルな仕事は、便利で役に立つ仕事。交通や流通、電気、自動車産業などですね。エモーショナルな仕事は、ときめくもの。音楽やファッション、映像の「ウォルト・ディズニー」や「スタジオジブリ」のような会社ですね。みんなの心をときめかせてくれるものです。

いま、ファンクショナルな仕事は、飽和状態になりつつあるのが世界の潮流です。便利なものは行き渡り、あふれすぎて均質化しています。ファンクショナルな仕事を、機能的な差で売ろうとしても難しくなっている。だからこそ、エモーショナルな部分が、確実に注目されています。

例えば、家電。機能的には差がつきにくいので、デザインやストーリーなどエモーショナル部分で違いをつけています。例えば、トースターや扇風機を開発した「バルミューダ」は、その典型的なものでしょう。デザインだけでなく、開発ストーリーも含めて魅力を感じて、高くても選ばれています。

── 21世紀になって、ファンクショナルな仕事が終わりを告げたということですか。

終わりは告げないのだけれど、大量の人がその仕事に従事しなくなってきました。

ファンクショナルな仕事に、ロボットやAIが入ってきています。そうなると経済のもう一つのエンジンとして成長するのは、エモーショナルな部分です。

そこで、エモーショナルな人材が求められてきます。それは学歴ではない。自分の好きなものを突き詰めているか、とか、素晴らしさや魅力を人に伝えられるか、が重要になってきます。てきぱきと情報処理をこなせる能力とかは、あまり必要がなくなります。

── 人が思いもつかないことが発想できる人の方が、大事になるのでしょうか。

20世紀は便利で機能的なものがあふれることが、生活が豊かになるために必要でした。ファンクショナルな産業は、多くが大企業です。大きな工場の設備で、大量生産をしてきた。サラリーマンが主役の時代でした。自動車や流通の大企業が、世の中を大きく動かしていました。

一方、エモーショナルな産業は、個人事業主が多いです。アートやデザイナー、料理人などはエモーショナルですよね。

── エモーショナルな人材は、どうやったら育つのでしょうか。

ときめくようなことが子ども自身になかったら、そんな仕事には就けません。驚きや感動の体験が自分自身になければ、他人の驚きや感動を作り出せません。驚きや感動でときめいた原体験が、これからの子どもたちにとっての大きなエッセンスだと僕は思いますね。

── ときめくことが大切。でも親としては、「だけどね、好きなことで食べていくなんて甘い世界じゃないのよ」と言いたくなります。

仕事っていうのは、努力と忍耐が必要で甘いものじゃないというのは「天動説」です。実際、昭和の仕事は、そういうものが多かった。伝票を正確に素早く1日で100枚処理するとか。同じような作業を繰り返しコツコツやって、便利で役に立つモノが届けられていました。 

「戦国英雄編」の授業を受けて、個性あふれる武将のかぶとを手作りしてきた子どもたち (教室提供)「戦国英雄編」の授業を受けて、個性あふれる武将のかぶとを手作りしてきた子どもたち (教室提供)

── 親の価値観を変えるのは難しいです。

そうですね。僕自身も10年前に子どもが産まれたときは、まだこれほどの解像度がなかったから。やっぱり、英語や算数をできるようにして、将来は京大や東大とかに行くこともできる基礎学力をつけさせてあげようと思っていました。

でもそれは違うのだと見えてきて、「学力」というものを手放せるようになりました。その子に合った、「夢中体験」、「熱中体験」を大切にしてあげることのほうが大事だなと思うようになりました。うちの長女なんて、「算数きらーい」とか「算数の時間は、窓の外を眺めて物語を考えているの」という子なんですよ。

── そんなとき、親としてなんて言うのですか。

算数が好きじゃなくて、時計が読めないんですよ、小学3年生なのに。それを批判するよりも、「でもさ、おまえ、絵とかうまいよな」と言ってあげる。長女は「うん、そう!」という感じ。工作や絵が大好きで、自信があります。

学力が高いことが、頭が良い、世の中を渡りやすいというのは事実ではなくて、世界観ですから。そこに気がついてほしいです。

── ファンクショナルな仕事がなくなってしまったら、困るとは思います。

もちろんです。僕の言っている世界観は、まだマイノリティです。どっちの世界観が正しいというよりも、目の前の子どもを見て、どちらの世界観で育んであげたら、その子にとって幸せかということです。親がどちらの世界観を強めに信じているかということではなくて。

例えばうちの長男は、ファンクショナルな世界のグローバルなエリートを目指せって言っても出来そうです。賢いし、勉強も得意だし。野心が芽生えてくれば、スタンフォード大学に行って、ニューヨークのトップ企業での活躍を目指すことも出来るかもしれない。それは本人の選択です。

でも長女にそれを迫って、それが出来ないから、おまえは脱落者だ、という感じにしてしまうのは、彼女にとって不幸ですよね。彼女には、「エモーショナルな人材になろう。驚きや感動を味わって、ときめきを表現できるようになろう。そのための特技を磨いていこう」という世界観で応援してあげるほうが合っています。

── 自分の子がどちらの方が向いているのかを見て、応援することが大事なのですね。

探究学舎には、うちの長女のような子を、ファンクショナルな価値観の親が育てて、「手に負えなくて大変なので、どうしたら良いでしょうか」と通ってくるケースがありますね。親がとても悩んでいます。

学力を高めた方が幸せになるという強めな価値観を持った親が、わが子にそれを当てはめようとしても通用しない。でも、その親が生きてきた価値観を、全部消しゴムで消すこともできない。その子らしさを大切にしたいと思っていても、葛藤がある。そのつじつまをどう合わせて良いのかわからないと迷っています。親がまず、世界観をアップデートすることですね。

 

── エモーショナルな仕事で成功するという道のりはわかりにくいです。

確かに、好きなモノをひたすら夢中で極めて、専門学校とか行きながらプロフェッショナルになるという道は不安ですよ。安定的で確実な世界で生きてきた親には、よくわからないから。

だけどいまは、好きなことを仕事にして人にときめきを与えている人たちをうらやましいなと思う気持ちも、ちょっとずつ生まれてきている。

時代の中で、その動きが起きている。例えば、一度は東京の大手外資系企業に努めたけれど、実家の家業である農業を始めてときめきを感じている、そういう若者が増えてきている。

大事なのは、子どもはどちらが向いているのかですよ。ファンクショナルな人材なのか、エモーショナル人材なのか。確実に食べていける世界なんて、わからないですから。

── 変わってきているのは、間違いないですね。

いまはまだ過渡期です。でも、10年後には違う時代が来ますよ。すべての子どもの個性が大切にされる世界は、子どもにとって住みやすい。子どもの個性にあった学習が選べて、成長が得られて、仕事が選べるようになってほしいです。

このビジョンのためには、教育改革というよりも、働き方改革や資本主義改革の方が大事かもしれない。だって、どんな仕事が大事かという点から、教育が設計されていますから。

封建時代や戦国時代には、刀やそろばん、秩序を守ることが大事でした。時代の要請に応じて、必要とされるものが変わってきています。

成熟した日本社会では、テクノロジーが発達して、副業や転職が普通になってくると、企業が主役ではなくて、個人が主役の世の中になります。

社会全体がそうなったときに、好きなもの、得意なことを大事して生きられる世の中が実現するのかもしれないですね。


プロフィール:宝槻泰伸(ほうつき やすのぶ)

京都大学経済学部卒。著書に「強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話」。「探究学舎」代表。

撮影:工藤隆太郎

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平岡妙子
平岡妙子

朝日新聞社に記者として入社し、社会部、AERA編集部や武蔵野支局長など。教育担当が長く、主に小中学校の学力調査や受験業界などを取材。小学生の時には合唱団で歌っていました。学校の取材で子どもの歌声を聞くと、涙腺がすぐゆるむ。大学生の長男と小学生の長女がいます。

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